人生を分かっていたと思っていた頃
もし 10 年か 15 年前に「人生を分かっていますか?」と聞かれたら、私は胸を張ってこう答えていたでしょう。
「もちろん分かっていますよ! 私の暮らしぶりを見てください。物質的な富もぜいたくも手に入れました!」
フェラーリ、ポルシェ、ロレックス──私は物質世界に 100 パーセント生き、
大企業で史上最年少のマネージング・ディレクターにもなっていました。
ところが 15 年後、私はようやく、“人生とは何か” をほんの少し理解し始めた段階にいました。
ヨガとの出会い、そしてグルジ
最初の燃え尽き症候群のあと、母がザルツブルクでヨガ講座を予約しましたが、体調を崩し、
「クリス、あなたはスピリチュアルなことに興味があるでしょう。ヨガのクラスを受けたことある?」と言われ、私が代わりに参加することに。
会場でババジ(Babaji)の写真が目に入り、その奥にグルジ(Guruji)のお写真がありました。
そのお姿を見た瞬間、私は自然と微笑んでいました。
それ以来、私はほぼ毎日アートマ・クリヤ・ヨーガ(ātma-kriyā-yoga)を実践しています。
それまで傾倒していたヨガナンダやマザー・アンマ、マザー・ミーラからも自然と離れ、グルジだけに心を向けるようになりました。
息子ミロと心臓の病
2017 年 1 月、息子ミロが誕生しました。
生後3日目に「左心室に穴があります」と診断されました。血液が漏れ、もう一方の心室が通常の倍働く必要があるとのことでした。
私たちは月に一度の通院で心拍や穴の大きさをエコーで確認しながら、毎日「心臓に異常はないか?」と神経を尖らせていました。
それでもミロは、他の子と同じように走り、泣き、跳ね、発達も問題なく、医師たちは「信じられない」と繰り返しました。
グルジの導きと決断のとき
それでもあるとき医師は「今はとても危険。血液が肺に入る可能性がある」と言い、
私は心の中でグルジに「手術すべきでしょうか?」と問いかけました。
グルジの答えは「今は不要。6~7 歳で体が強くなった頃に必要になるかもしれない」とのものでした。
ミロが3歳のとき、シュリー・ピート・ニラヤでグルジが直接ミロに触れ、「心配いらない」とおっしゃいました。
手術と奇跡の回復
数年後、ミロが「泳げない」と言ったとき、私は「今こそ手術をすべき」と感じ、再びグルジに問いかけると、
「そうしなさい、私が面倒を見る」と。
大きな手術にもかかわらず、わずか3週間で手術日が決まりました。
事前にはペースメーカーや輸血の可能性まで説明され、私たちは「すべてを御足に捧げます」と祈りました。
手術当日、手術室へ向かう息子を見送ると、自動ドアの向こうにグルジが現れ、
「大丈夫。私が見守っている」と微笑んでくださいました。
7時間後、医師から「手術は大成功。血液は一滴も失わず、驚異的でした」との報告があり、私たちは泣き崩れました。
ペースメーカーも不要と診断され、集中治療室からも 1 日半で出られ、さらに2日後には退院。
3〜4週間後にはサッカーまでできるように。
医師たちは「奇跡だ」と繰り返しました。
グルジの恩寵
今、すべては素晴らしい状態です。もちろん、それはグルジの恩寵です。
そして私は気づかされました。グルジは、少しずつ私のマーヤを取り去り、
御身が本当は誰なのかを、ほんの少しだけ示してくださっているのだと。
もはや私は、グルジを “理解” しようとはしません。
理解することなどできないのです。
グルジはこうおっしゃいます。
「マインドからハートまで、たった 40 センチ。でも、それは人生で最も長い旅路だ」と。